京都地方裁判所 平成8年(行ウ)3号 判決 2000年2月04日
原告
西田幸雄
右訴訟代理人弁護士
渡辺馨
同
飯田昭
同
藤浦龍治
被告
右京税務署長 岩崎正典
右指定代理人
谷岡賀美
同
原田一信
同
丸谷淳一
同
丸尾広人
同
木本正行
同
浅野由佳
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が原告に対し、平成六年三月八日付けでした、原告の平成二年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。
二 被告が原告に対し、いずれも平成六年三月八日付けでした、次の各処分を取り消す。
1 平成二年分の所得税の更正のうち総所得金額五三二万一八二〇円、納付すべき税額二七万一三〇〇円を超える部分
2 平成三年分の所得税の更正のうち総所得金額五三一万三二九七円、納付すべき税額三七万四一〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定
3 平成四年分の所得税の更正のうち総所得金額三三三万一八一三円、納付すべき税額一六万二四〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定
第二事案の概要
一 本件は、右京税務署の調査担当職員が、原告が帳簿書類を備え付け、記録し、これを保存していたのに、立会人の退去に固執して税務調査を尽さずに、帳簿書類の備え付け等がなかったとして、平成二年度以降の所得税の青色申告の承認を取り消して、一方的な反面調査に基づいて、推計課税により平成二年分ないし平成四年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定をしたのは違法であるとして、青色申告の承認の取消、更正のうち確定申告額を超える部分、及び過少申告加算税の賦課決定の各取消を求める抗告訴訟である。
二 争いのない事実等
争いのない事実又は証拠により認定することができる事実は次のとおりであり、〔 〕内は認定に用いた証拠等である。
1(当事者等)
(1) 原告(昭和一〇年一一月一日生)は、「西幸産業」の屋号で土木工事業を営むものであり、所得税について青色申告の承認を受けていた。
(2) 西田久子(以下「久子」という。)は、原告の妻であり、青色専従者であった。
(3) 前田和行(以下「前田」という。)は、平成三年七月から平成七年七月まで右京税務署で国税調査官として調査事務等に携わり、原告に対する税務調査を担当した。
(4) 原告宅は、門を入って右側に約五平方メートルの広さの事務室(以下「事務室」という。)があり、テーブル一台と一人掛けの椅子が二脚設置され、窓際には事務机一台と椅子が置かれていた。〔甲一、乙四〕
2(確定申告)
原告は被告に対し、平成二年分から平成四年分の所得税について、別表「課税の経緯」の「確定申告」欄記載のとおり、確定申告をした。
3(青色申告承認取消)
被告は原告に対し、平成六年三月八日付けで、原告の平成二年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消す処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)をした。
4(更正処分)
また、被告は原告に対し、右同日付けで、原告の平成二年分から平成四年分の所得税について、別表「課税の経緯」の「更正処分等」欄記載のとおりの更正及び過少申告加算税賦課決定をした。
5(審査請求等)
(1) 原告は被告に対し、同年五月六日異議申立をしたが、被告は同年九月一日付けで、これを棄却する決定をした。
(2) さらに、原告は国税不服審判所長に対し、同年一〇月三日、審査請求をしたが、同所長は平成七年一一月九日付けで、これを棄却する裁決をした。
三 争点
1 原告は、青色申告に必要な帳簿書類の備付け、記録、保存義務に違反したか(本件青色申告承認取消処分の適法性)。
2 本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定の適法性
第三争点に対する判断
一 税務調査の経緯について
証拠(甲一から四、六から八、乙四、検甲一から一一、証人前田和行、同平井一二三、同西田久子、原告本人、弁論の全趣旨)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 右京税務署の村上統括官は、原告が提出した平成二年分ないし平成四年分の所得税の確定申告書に記載された所得金額等が適正なものであるかどうかを確認するため、前田に対し、その調査を指示した。
2 前田は、平成五年八月四日、原告宅に赴き、「右京税務署から税金の調査に来ました。」と告げて身分証明書を提示した。応対した久子は、「突然来られても、私には分かりませんので、また改めて来てください。主人は今いないので伝えておきます。」と答えたため、前田は、「平成二年分から平成四年分の所得税、消費税の調査をしたい。八月一〇日午後一時三〇分に来訪する。」と記載された連絡せんを久子に渡し、原告宅を辞去した。
3 これに対し、同月五日、久子は前田に電話で、「一〇日は都合が悪く、盆過ぎにしてほしい。都合のよい日をこちらから知らせます。」と連絡した。その後に、久子と前田との間で電話によるやりとりがなされた結果、前田は同月二三日午後一時三〇分に原告宅に赴くことになった。
4 前田は、同月二三日午後一時三〇分ころ原告宅を訪れたが、原告本人は不在であり、久子に案内された事務室には第三者が二名いた。前田は、久子から、「主人は急ぎの仕事が入り出かけました。今日は何でうちのところが調査になったのか、その理由を聞いておくように言われました。」と調査理由を尋ねられたため、「所得税と消費税の申告が正しいかどうかを確認するためです。」と答えたところ、同席した女性が口をはさんだため、「こちらの方は、誰ですか。」と質問すると、その女性は「右京民商の事務局の平井です。こちらの方は会員の方です。」と答えた。そこで、前田は、久子に対し、「今日は、西田さんの調査に来ました。税理士資格のない第三者のおられるところでは調査は進められません。私には守秘義務が課せられていますので、本人さんの秘密を守らなければなりません。調査に関係のない第三者をはずしてください。」と第三者を退席させるよう求めた。これに対し、久子は、「私が頼んで来て貰っています。私一人では何も分かりません。いて貰わないと困ります。」などと答え、右要請に応じなかった。その後、右京民商の会員二名が事務室に入って来たが、その際、平井一二三(以下「平井」という。)は「こちらが支部長さん、こちらが副支部長さんの奥さんです。」と紹介した。前田は、久子に対し、第三者の退席を求めたが、久子は、これに応じず、「私がきちんと帳面付けをしています。そしてそれに基づいて申告もしている。それなのにどうして調査に来られたのですか。」、「うちに調査に来た理由をちゃんと言うて貰わんと。」などと調査の具体的理由を執拗に尋ね、「申告の内容に誤りがないかどうか確認しに来ました。」、「三年間の帳面を見せて貰う。調べてみないと分らない。」との説明に納得しなかったため、「立会いの中では調査は進められません。」と言って、原告宅を後にした。
5 その後、前田と久子との間で、調査の期日を決めるための交渉がなされ、九月二日に、調査期日を同月八日午前一〇時三〇分とすることに合意された。その際、前田は久子に対し、「前回と同じように、第三者がいる場合は調査ができないので第三者のいない状態で調査したい。」と要請した。
6 前田は、九月八日午前一〇時三〇分ころ原告宅に赴くと、原告、久子、平井の他に、右京民商の会員四名が立会に来ていた。その場での前田と原告らとのやりとりは次のとおりである。
前田「立会をはずしてください。」
原告「私が頼んで来て貰っている。誰がいようと、税務署は帳面を見る義務がある。堂々と見たらよい。立会は法律違反なのか。」
久子「立会にいて貰わないと困ります。」
前田「守秘義務違反のおそれがあるのではずしてほしい。」
平井「どうして西田さんの調査となったのか、八月二四日に税務署に申入れに行ったときに総務課長は『調査の理由は言ってあるはず、開示するのは当然』と言っていたのに、まだ言って貰えていない。」
久子「そうや、何で来はったん。」
前田「帳面と伝票をつき合わせてみないと分らない。正確にやられているか調べるのと、あと指導もする。」
平井「そんなのは答えになっていない。ここに来た理由を言って貰わないと。収入がおかしいとか具体的に理由があるでしょう。」
前田「どこがおかしいなんて帳簿等の内容を見せて頂いてからでないと分りません。」
久子「今日は書類もこのように準備しています。調査理由を言って貰って調査を進めてください。」
前田「立会を入れるか入れないかは税務署側に権限があるのです。立会をはずして貰えないのなら帰ります。」
久子「そんなこと言わんと調査を進めてくれはったらいいですやん。」
前田は、右のとおり、原告と久子が第三者を退席させようとはせず、また、平井とともに具体的な調査理由の開示を執拗に求めるばかりであったため、「仕方がないので、こちらで調べさせていただきます。」と言って、原告宅を後にした。
なお、この日、現金出納帳、簡易帳簿等を三個の紙袋に分けて、事務室内の事務机の上に置かれていた。
7 九月二四日、前田は、事前の予告なしに原告宅を訪れ、原告に対し、「今から調査させてください。」と言ったが、原告から、「今から仕事に出る。」と断られたため、原告宅を後にした。
8 その後、前田と久子の間で調査のための日程調整がなされ、前田は約束された一〇月一三日午前一〇時三〇分ころ、原告宅を訪れた。しかし、原告は不在であり、久子が帳簿書類を準備した上で、前田に応対した。前田は、久子に対し、「今日は立会のいない状況でやって貰えるか。」と尋ねたところ、久子は、「私一人ではとても対応できない。立会の中でやってほしい。」と返答した。
そうこうするうち、平井と右京民商の会員二名が事務室に入って来た。前田と久子がテーブルを挟んで椅子に掛けていたところ、平井は、床の上に座り、横に置いていた帳簿書類を紙袋から取り出し、簡易帳簿は三年分をテーブルの上に置き、領収書等は床の上に、年度ごとに分けて置いた。
そして、久子は、「帳簿書類はこのようにちゃんと残して整理して記帳もしているので、どうぞ調べて下さい。」と、平井は、「このように三年分一か月ごとに経費の領収書もきちんと整理保存されている。この出納帳もこの伝票に基づいて記入されている。一二月末の決算期には売掛金や経費の繰越分の処理も、このようにきちんとしています。」などと口々に説明し始めた。しかし、前田は第三者の立会いのままでは調査ができないとして、原告宅を辞去した。
9 原告は、東田建設、西田工業、矢野建販の各社から、税務署より照会文書が送付されてきたとの連絡を受けた(ただし、東田建設は、原告とは取引関係がなかった。)。そこで、久子は、一〇月二七日、抗議のため前田に電話をかけたが、前田は不在であったため、一〇月二八日、前田に電話をし、「取引のない会社にまで照会文書を送ってはる。一体どういうつもりなんですか。他にも何軒かおたくから照会文書を送ってはるけど苦情が私とこに返ってくる。反面調査はとても迷惑や。私ところでちゃんと調べてくれはったらよいのに。」と抗議をした。
10 前田は、一一月一五日、予告なしに原告宅に赴いた。前田は応対に出た久子に対し、「立会をしないで何とか調査をさせてほしい。」と言ったが、久子は、「いつでも見せます。立会はいて貰わな困ります。」と返答した。
11 前田は、一二月八日午前一〇時ころ、予告なしで原告宅に赴いた。そして、前田は原告に対し、「何とか帳面を見せて下さい。」と言ったが、原告は、「帳面のことは全部家内に任せている。今日は家内はいない。」と返答した。その後、釣りの話しなどをした後、前田は、「立会抜きで帳面を見せてほしい。そうでないと青色申告を取り消して、七〇万から八〇万円の税金を払って貰うことになる。」と言ったところ、原告が、「何を言っているんや。こちらはちゃんと見てくれと言っているのに、お前が勝手に見ないだけや。突然来られても困る。これから仕事に出る。」と返答したため、原告宅を辞去した。
12 前田は、平成六年一月二〇日、予告なく原告宅に臨場し、久子に対し、「立会抜きで一日時間をとってほしい。」と申し出たが、「相談しておきます。」と返答したため、原告宅から帰った。同月二四日に、久子と前田は、調査期日を二月一日とすることに合意した。なお、前田は、当日は第三者の立会がない状態で調査に協力するよう求めた。
13 前田は、二月一日午前一〇時三〇分ころ、原告宅を訪れた。前田は、事務室の椅子に掛け、久子が対面した。その場での前田と久子らとのやりとりは次のとおりである
前田「今日は帳面を見せて頂けますか。」
久子「そのつもりです。私はもう体も、神経もくたくたで今日はどうしても調査を終わってほしい。今も風邪をひいてしんどいので午前中に終わってほしい。」
前田「立会のない状況で帳面を見せて頂けるんですか。」
久子「私は一人ではかなわんと思っています。あんたあっちこっちに反面調査してはる。一二月にも言うたけと、取引のないところも反面調査をしてはるし、外注の人もかなわんと言うてはる。今日で調査を終わってほしいし、メモをとらないでほしい。メモとってまた反面調査をやられたら商売つぶされる。帳簿と伝票関係を照らし合わせて確認してくれはったらいい。」
前田「メモをとらないと調査にならない。そんな約束はできない。」
そうこうするうちに、午前一〇時四三分ころ、平井が事務室に入って来て、紙袋から帳簿書類を取り出しテーブルの上に置き、年度別に分けて床の上に並べた。その後のやりとりは次のとおりである。
前田「立会がいるんだったら帰ります。」
久子「いちいち別の部屋まで聞きにいかんならんしここにいて貰ってほしい。」
平井「記帳補助者としてでも駄目なのか。」
前田「はい駄目です。」
平井「今日で調査は終わって貰うこと、反面調査の資料となる取引先の住所、氏名はメモをとらないで目で確認して貰う。」
前田「そんな約束はできない。」
右のようなやりとりの後、平井は、久子に対し、領収書の冊子で、領収書に記載された取引先の住所、氏名の部分を伏せるよう説明して、事務室を離れた。そこで、前田は、平成四年度の簡易帳簿を開いて売掛金と外注費の部分を記録し始めた。これに対し、久子は、「メモをとらないでほしい。そんなの書かないでほしい。」と要請したが、前田が記録を続けたため、別の部屋で待機していた平井を呼ぶため事務室を出た。そして、平井は久子とともに事務室に戻った。その後のやりとりは次のとおりである。
平井「帳面と伝票を確認してくれはったらいいことや、そんなもの書いてどうしはるの。」
前田「私が署に帰ってでも、ここででも、どこで照合しようとあなたに左右されるつもりはない。もう帰ります。調査できません。もう帰ります。分かりました。もう帰ります。控えたらあかんねやろ。」
久子「ここまでひかえはったんやから、進めはったらいいやん。」
前田「立会がいてはるから、残念や。お大事に。」
久子「ここまで見はったんやから、見て帰ったらよいやん。」
こうしたやりとりの後、前田は調査を打ち切り原告宅を出た。
14 前田は、同年二月二四日、原告宅に電話をかけ、久子に対し、「三月一五日の締切りまでに調査をすませたい。立会がいても抜けて貰う形で調査をさせてほしい。」と要請した。久子は、「何を言ってはるの。この前ちゃんと帳簿も準備して見せているのに、あんたが途中で帰ってしまわはったのやん。」と返答した。これに対し、前田は、「税務署に帳簿書類を持って来てほしい。」と申し出たが、久子は、「体調が悪く今も寝ている。とても行けない。」と返答した。
15 前田は、同年三月一日午前一〇時ころ、原告宅を訪れ、原告に対し、帳簿書類を持って税務署に来るように要請した。原告は、「帳簿はこの前見せたのに何で途中で帰ったのや。帳面のことはすべて家内に任せていて、今家内は風邪で寝ているので分らん。」と返答した。これに対し、前田は、「青色を取り消して白にします。そうなると、一六〇万円から一七〇万円を払って頂くことになります。」と説明したが、原告が、「どこからそんな金額が出てくるのか、この前は七〇万円と言っていたのに何でや。そんないい加減なことを言うな。」と反論したため、原告宅を出た。
同日午前一一時三〇分ころ、原告、平井、右京民商の会員らが右京税務署に行き、総務課長と会った。その後、前田の上司の村上統括官と原告とが税務署内の小会議室で話しをしたが、その際、村上統括官は原告に対し、三月四日までに久子と二人で帳簿書類を持参するよう求めた。原告は、「ちゃんと帳面を出しているのに何で調査を途中でやめて帰ったのか。家内は体の具合が悪く寝たり起きたりである。私では帳面のことは分からず、今は約束できる状況ではない。」と言ったところ、村上統括官は、「不服だったら税務署に異議申立てをしてください。」と返答した。原告は、「納得できない。」と言ったが、話し合いはそれで終わった。
16 原告は、同年三月四日、右京税務署に電話をかけて、「妻が具合が悪く、病院に行ったので税務署には行けない。どうしたらいいのか。」と連絡した。
二 本件青色申告承認取消処分の適法性について
1 青色申告とは、税務署長の承認を受けて、青色の申告書を用いて行う申告であり、この制度は、申告納税制度の定着を図るためシャウプ勧告に基づいて導入された制度である。すなわち、申告納税制度が適正に機能するためには、納税義務者が帳簿書類を備え付けて、それに収入、支出を記帳し、それを基礎として申告を行うことが必要であるが、申告納税制度が採用された当時は、完備した帳簿書類を備えている者は少なく、帳簿書類を基礎とした正確な申告を奨励する意味で、一定の帳簿書類を備え付けている者に限って青色の申告書を用いて申告することを認め、かつ青色申告に白色申告には認められない各種の特典を与えることとしたものである。
2 そこで、青色申告を承認された者は、大蔵省令の定めるところにより適式に帳簿書類を備え付け、記録し、これを保存すべき義務を負い(所得税法一四八条)、これに違反した場合は青色申告承認の取消事由とされる(同法一五〇条一項一号)。
3 そして、青色申告の承認を受けた者が、正当な理由なく税務調査に応ぜずに、税務職員から質問検査権に基づき帳簿書類の提示を求められたのに、これを拒否し提示しなかった場合には、たとえ客観的には帳簿書類の備付け等がなされていても、税務職員は右帳簿書類の真実性、正確性を確認することはできないし、また、そのような者に青色申告承認の特典を享受させる必要もないから、このような場合にも所得税法一五〇条一項一号の青色申告承認の取消事由に当たると解するのが相当である。
4 しかし、青色申告承認の取消は、その承認を受けていた者に重大な不利益を課することになるから、青色申告承認の取消事由の認定には一定の慎重さが要求され、課税庁が行う調査の全過程を通じて、課税庁が帳簿書類の保存状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力をしたのに、その確認ができなかった場合に取消事由の存在が肯定されると解するのが相当である。
5 ところで、所得税法二三四条による税務調査における質問検査の範囲・程度・時期・場所、調査の理由の開示の有無・程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがないから、これらについては、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまると認められる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。
(1) 第三者の立会について
質問検査権の行使に際して、第三者の立会権を認める規定は存在しないから、第三者の立会を認めなかったからといって、直ちに質問検査権の行使が違法となるものではないと解するのが相当である。
この点、原告は、原告本人が同意しているのであるから第三者の立会を認めるべきであると主張する。しかし、<1>質問検査権の行使を受ける本人の同意があっても、税務署の当該職員の守秘義務が解除されることにはならないこと、<2>守秘義務を負う税理士の立会は認められており、質問検査権の行使を受ける者の利益を十全ならしめる道があることからすれば、税務署の当該職員が税理士以外の第三者の立会を認めないとすることは適法というべきである。なお、前判示のとおり、本件では、原告宅に臨場した税務署の職員は前田一人であり、原告は久子とともに調査を受けることができたし、前田が質問検査権を濫用した形跡も窺えず、原告の主張に理由はないというべきである。
(2) メモ取りについて
<1>質問検査の方法は税務署の当該職員の合理的な裁量に任せられていることは右(1)に説示したとおりであること、<2>調査の対象となった三年分の帳簿書類は相当な分量があるところ、人間の記憶力には限界があるから、メモを取らなければ帳簿書類の記載内容が正しいかどうかを確認することは困難ということができること、<3>もとより、納税義務者のプライバシーに配慮することは必要であるが、法が備付け等を要求する帳簿書類については、守秘義務を負う税務署の当該職員が調査することは法が当然に予定していると解され、違法にプライバシーを侵害するものということはできないことからすれば、税務署の当該職員が帳簿書類のメモを取ることは許されると解するのが相当であり、右行為に何ら違法はない。
6 検討
そこで、原告が帳簿書類の備付け等があったとする三回の税務調査等について検討する。
(1) 平成五年九月八日
この日のやりとりは、前田が第三者の立会をはずすように求めたのに対し、原告と久子は平井の他右京民商の会員四名がいる中での調査を求め、退席させようとしなかったため、前田は質問検査権の行使ができないとして、これを打ち切ったものであり、その結果、帳簿書類を確認することができなかったことは前判示のとおりであって、前田がこれ以上説得を続けても、原告らがこれに応じる可能性は低かったと判断することができるから、たとえ原告が帳簿書類を用意していたとしても、同日原告が帳簿書類を提示したとは言い難いというほかない。
(2) 同年一〇月一三日
この日のやりとりもまた、久子が平井らを同席させた上で、調査を求めたために、前田は質問検査権の行使ができないと判断して、これを打ち切ったものであり、その結果、帳簿書類を確認することができなかったことは前判示のとおりであって、右(1)に説示したところと同様、前田がこれ以上説得を続けても、久子が第三者の立会人の退去要請に応じる可能性は低かったと判断することができるから、帳簿書類がテーブルの上に置かれていたとしても、同日久子が帳簿書類を提示したとは言い難いというべきである。
(3) 平成六年二月一日
この日は、久子と平井が、いったんは前田からの第三者の立会人退去の求めに応じたため、前田は帳簿書類の調査を開始したが、前田がメモを取り始めたことから、久子は平井を呼んで来て、二人で前田にメモを取らないよう強硬に抗議したため調査を打ち切ったものであり、その結果、帳簿書類を確認することができなかったことは前判示のとおりであり、前田がこれ以上説得を続けても久子らがメモに応じる可能性が低かったと判断されるから、一時久子が帳簿書類を立会人なしに見せたとしても、これは全体の一部に過ぎないから、これをもって久子が帳簿書類を提示したとは認め難いというべきである。
(4) その他
本件税務調査の経緯は前判示のとおりであり、前田は約七か月にわたり粘り強く税務調査に当たったものであると評価することができるし、また、質問検査権を濫用したような事情は窺えないことからすれば、社会通念上要求される程度の努力をしたということができる。
以上のとおり、被告の税務調査の全過程を通じて、当該職員が帳簿書類の保存状況等を確認するために社会通念上要求される程度の努力をしたのに、その確認ができなかったということができるから、原告が大蔵省令の定めるところにより適式に帳簿書類を備え付け、記録し、これを保存すべき義務に違反したとしてなした本件青色申告承認取消処分は適法であると判断するのが相当である。
三 本件更正及び過少申告加算税の適法性について
1 推計の必要性
課税の経緯は前判示のとおりであり、原告は調査に対し非協力的な態度をとり続け、帳簿書類の提示に応じなかったものであり、税務調査官が原告の総収入金額及び必要経費を帳簿書類により実額で把握することは困難であったというべきであるから、推計の必要性があったと解するのが相当である。
2 推計の合理性
(1) 被告は、原告の平成二年分から平成四年分の所得金額を次のとおり推計している(一部申告所得金額を前提とした部分がある。)。
<1> 事業所得金額
原告の平成二年分から平成四年分の事業所得金額は、次の算出所得金額から事業専従者控除額を控除したものであり、その額は、別表1の<6>「事業所得金額」欄記載のとおりである。
イ 売上金額
被告は原告の取引先を調し、平成二年分から平成四年分の原告の売上金額を把握したが、その明細は、別表2「売上金額明細表」記載のとおりである。
ロ 平均算出所得率
大阪国税局長は、右京税務署長に対し、平成二年分から平成四年分について、《1》青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること、《2》土木工事業を営む者であること、《3》土木工事業以外の業種を兼業していないこと、《4》事業所が右京税務署の管内にあること、《5》年間を通じて事業を営んでいること、《6》売上金額が二四〇〇万円以上一億三四〇〇万円未満であること、《7》作成対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、以上の《1》から《7》のいずれの条件にも該当する者をすべて抽出して報告するよう通達し、これに対し右京税務署長は、別表3から5記載のとおり回答した。これらによれば、同業者の平均算出所得率は、平成二年分が一六・九九、平成三年分が一四・八七、平成四年分が一九・九六である。
ハ 算出所得金額
原告の平成二年分から平成四年分の算出所得金額は、右の各年分の売上金額に平均算出所得率を乗じた額であり、別表1の<3>「算出所得金額」欄記載のとおりである。
ニ 事業専従者控除額
原告の平成二年分から平成四年分の事業専従者控除額は、各年分とも久子に係る八〇万円である。
<2> 不動産所得金額
原告の平成二年分から平成四年分の不動産所得金額は別表1の<7>「不動産所得金額」欄記載のとおりである。そのうち、原告の平成二年分、平成三年分の不動産所得金額は、原告の確定申告額をもとに、これに一〇万円づつを加えた額を、平成四年分の不動産所得金額は原告の確定申告額としたものである(青色申告の承認を受けた者は、平成四年法律第一四号による改正前の租税特別措置法二五条の三の規定により、一〇万円の青色申告控除が認められていたが、その承認の取消によりこの優遇措置が適用されなくなったため控除されなくなったものである。なお、甲三〇〇一、三〇〇二、三〇〇五によれば、平成四年分は不動産所得からは一〇万円の控除がされずに、事業所得から青色申告控除をしたと認められるため、加算しなかった。)。
<3> 配当所得金額
原告の平成二年分から平成四年分の配当所得金額は、原告の確定申告書に記載のとおり、別表1の<8>「配当所得金額」欄記載のとおりである。
<4> 給与所得金額
原告の平成二年分から平成四年分の給与所得金額は、別表1の<9>「給与所得金額」欄記載のとおりである。
<5> 総所得金額
以上のところからすれば、原告の平成二年分から平成四年分の総所得金額は、別表1の<10>「総所得金額」欄記載のとおりである。
(2) 証拠(乙一、二、五、証人岡田かおりの証言)並びに弁論の全趣旨によれば、本件の推計における平均算出所得率の算出の方法は、前記ロの平均算出所得率記載のとおりであると認められる。
右認定の事実によれば、被告の設定した比準同業者の抽出基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、売上金額の近似性等からして、同業者の類似性を判別する要件としては一般的合理性を有しているし、右抽出基準に該当するものは全てが機械的、正確に抽出されている。また、比準同業者はいずれも青色申告者であり、しかも、経営状態が異常な者や更正等に対して不服申立てをしている者を除外しているから、売上金等の正確性がかなりの程度担保されているということができるし、さらに抽出件数も本件各年度とも六件で、十分普遍性を有しているものと認められるから、本件各年度の同業者平均算出所得率の算出方法は合理性を有するものということができる。
また、右証拠によれば、その他、被告の推計課税に不合理な点は存しないものと認められる。
(3) この点について、原告は、次のとおり主張するので、以下検討する。
<1> 原告は身体障害者であるから、外注費の割合が同業者より格段に高いのに本件推計はこの点を配慮していないと主張する。しかしながら、本件のような同業者平均所得率による推計の方法(いわゆる平均値による推計)の場合には、その特質からして、業種、業態、事業所の近接性、売上金額の近似性等といった基本的要因において同業者の抽出が合理的であれば、同業者間に通常存在する程度の所得率の差異は、その計算の過程において捨象されるものと考えてよいから、その差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著でない限り推計の合理性を是認してよいと解することができるところ、たとえ外注費の割合が同業者と異なるとしても、その差異が平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著であると認めるに足りる証拠はないから、右主張は理由がない。
<2> 被告の売上金額の認定が過小であるため、かえって算出所得金額が過大となっている旨主張する。しかし、原告主張の売上金額を前提とするとしても、これによりどれだけ平均算出所得率が変化するかは証拠上明らかではないし、仮に売上金額が被告主張の売上金額よりも大きくなったときに平均算出所得率が下がったとしても、算出所得金額が被告主張の算出所得金額よりも下がるということは経験則上考えにくく、右主張も理由がないというべきである。
<3> 被告が平成三年度の売上額を算定する際に、原告が松本企業から九〇〇万円の工事を請け負い、他方、松本企業に対し一九〇〇万円の外注工賃の支払債務を負っていたため、原告より一〇〇〇万円の支払をすることで決済したから、原告に九〇〇万円の売上げを計上することは誤りであると主張する。しかし、原告が主張するように、請負代金債権九〇〇万円と外注工賃債務一九〇〇万円とを相殺したときには、一〇〇〇万円の費用のみが発生したと会計処理するのは誤りであり、九〇〇万円の売上と一九〇〇万円の費用が発生したとすべきであるから、右主張はそれ自体理由がないというべきである。
<4> 同業者の選定、算出所得率について異議決定のときと異なる数値を採用していると主張する。しかし、課税処分の取消訴訟は、課税処分の客観的適否であり、異議決定のときの処分理由に拘束されるものではないから、右主張は失当である。
<5> なお、原告は、特別経費、事業専従者控除、事業所得金額についても合理性がないと主張するが、いずれも独自の見解であって採用できない。
(4) 以上のとおり、被告のした推計には合理性があると認められるところ、原告の本件各年度の推計による所得金額は、平成二年度は一〇五八万二六四七円、平成三年度は一二〇七万二四九二円、平成四年度は一〇九九万九二二九円となる。
右所得金額は、本件各更正にかかる所得金額を上回るから、本件各更正及び右所得金額を基に賦課された過少申告加算税賦課決定は適法であるというべきである。
四 結論
以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
本件口頭弁論終結の日 平成一一年八月二七日
(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 山本和人 裁判官 西田政博)
別表
課税の経緯
<省略>
別表1
総所得金額の計算
<省略>
別表2
売上金額明細表
<省略>
別表3
同業者の算出所得率表(平成2年分)
<省略>
別表4
同業者の算出所得率表(平成3年分)
<省略>
別表5
同業者の算出所得率表(平成4年分)
<省略>